054 H19年度 男女共同参画地域講座

主催者: (財)山形県生涯学習文化財団(山形県男女共同参画センター)、各地域男女共同参画講座実行委員会

H19年度に行った男女共同参画地域講座についての報告です。
【男女共同参画地域講座とは・・・】
村山、最上、置賜、庄内地区において,地域で活動している団体・グループ及び市町村と連携して講演会等を開催し、男女共同参画社会づくりの重要性についての普及啓発を行いました。各地域総合支庁及び開催市町村を中心に実行委員会形式で実施し、今年度は上山市、鮭川村、白鷹町、酒田市で開催しました。 


【開催内容】
 ◇村山地域:上山市  
  『 ひろみちお兄さんが上山にやってくるよ 』 
  講師:佐藤弘道 氏(NHK「おかあさんといっしょ」第10代目体操のお兄さん)
   
   日時:2008年3月9日(日) 10:30~
   会場:上山市体育文化センター



 ◇最上地域:鮭川村
  『 男女共同参画で、四角い社会をまん丸に  』 
         講師:笑福亭松枝 氏(落語家)

   日時:2007年9月2日(日) 13:30~
   会場:鮭川村農村交流センター



 ◇置賜地域:白鷹町
  『 自分らしく生きるために~家田からのエール 』 
   講師:家田荘子 氏(作家・真言宗僧侶)

  日時:2008年3月16日(日) 13:00~
  会場:白鷹勤労者総合福祉センター(パワーセンター白鷹)
  

 
 ◇庄内地域:酒田市
  『 ~世界からの風を受けて~ 』 
     講師:赤松良子 氏(元文部大臣)       

   日時:2007年10月13日(土) 13:30~
   会場:東北公益文科大学大教室




*庄内地域の講座の内容をご紹介しますので、どうぞご覧ください。


平成19年度庄内地域男女共同参画講座・第10回酒田市男女共同参画推進フォーラム 
 テーマ:『わたしのまちの風を創る』

【講演要旨】 演題:「世界からの風を受けて」
       講師:元文部大臣:国際女性の地位協会会長  赤松良子 氏


 赤松でございます。いろいろご丁重なご挨拶ありがとうございました。酒田へ来るのはこれで2度目かと思います。この前は鶴岡と掛け持ちできました。


 さっき伊藤先生がおっしゃったプロジェクトXですが、男女雇用機会均等法が出来るまでの話を撮ったドキュメンタリーです。今でも学生に見せていただき、法律が出来た苦労を知って、頑張らねばと思ってくれる学生も多いと聞くと、冥利に尽きると思っております。ベアテの贈り物は、憲法第24条を大切にしようとアピールした映画です。ベアテ・シロタ・ゴードンが作ってくれた24条の男女平等は、今、私たちを支えてくれていると訴えているわけです。最近まで憲法が危ないような風が吹いていました。今はその変な風が収まったように思われます。


 講演テーマは、いい風を創って吹かせよう、「わたしのまちの風を創る」ですが、私の基調講演は、「世界からの風を受けて」。つまり、今日のキーワードは「風」です。風っていうのは大事なもので、いい風が吹いている時は帆を膨らませて進むけど、逆風を受けている時は一生懸命やってもなかなか進まない。だけどじっと耐えていれば、いつかまたいい風も吹くということが人生ではあると思います。


 だいぶ前の総理で風見鶏とあだ名を付けられた人がいました。悪口として言われていたのでしょうが、その方を見ていると風を見るということが出来ていたなと、時間が経ってからは思います。こんな風に褒めたくなってしまうのは、実は雇用機会均等法の成立がその(中曽根内閣の)時なのです。この法律が出来たから女性差別撤廃条約に批准できました。というのも、この時にいい風が吹いていたのです。世界からの風が、そういう動きへの追い風となっていました。
 
 私は、その風を利用して、素晴らしい条約を通さなくてはと思いました。どういう風かいうと、世界中の色々な国で女性を差別するのはよくないことだという基本的な理解が行き渡ったのです。どの国、どんな文化でも、長い間女性を差別するのは普通のこととしてありました。そのことに対して疑ったり、異を唱える人がいない時代が続いていました。家庭でも職場でも勿論政治の世界でも男女差別はありました。今でもありますよ。でも差別はよくない、なくすべき事です。あるいは、すぐになくならないとしても、「差別はよくない」と言いましょう。言うと言わないとでは違います。人間の半分は女性、その女性をただ女性に生まれたというだけで差別するのはおかしい、でもおかしいと声を出して言わないと、おかしくないと思っている人が沢山いるのです。


 差別がおかしいと言われだしたのは20世紀に入ってからです。早い国もあれば遅い国もある、日本はどちらかというと遅い方。1964年にアメリカはcivil rights actという差別禁止の法律を作りました。これは、元々は男女の差別ではなく人種差別のことでした。黒人は奴隷としてアフリカから連れてこられ、ニューオリンズなどの港町で「競り」にかけられたりする人種差別の歴史がありました。それはよくないというので差別はいけないという法律を作りましたが、その時は女性差別に対する声は大きくありませんでした。
 
 しかし、そのcivil rights actという法律には人種だけでなく、性別による差別も入りました。法律というものは強いですね、そのおかげでアメリカでは1960~70年代女性差別に反対する運動が強くなりました。その後1975年にはイギリスもsex-destination actsという法律を作りました。それからドイツ、フランス…と続き、1980年代には女性差別禁止の法律を多くの国が持つようになったのです。


 日本では1985年に国連の女子差別撤廃条約を批准しました。1999年に男女共同参画社会基本法にその理念が入りました。20年も条約の方が早かったのです。れっきとした条約の名は「女性に対するあらゆる形態の差別を撤廃するための」とあります。あらゆるというと、教育も、職場も、家庭生活における差別もいけない。この条約のすごいのは世の中の慣習にまで踏み込んで差別をなくそうといっているところです。その根本にあるのは男女の固定的な役割分担、それを善しとする意識だといっているところ。ハッキリした形で法律や条約の中に「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という役割分担を固定化する、押し付けるのが男女差別の根本をなすと明記したのがこの条約です。1979年に正式な条約として国連が採択し、国連加盟国はこれを守ることを要求されました。法律用語では批准と言いますが、条約を批准するということは国の正式な約束だと思ってください。日本が批准したのは1985年。その時に吹いた風がいまだに吹き止まず、いい風を私たちに送り続けていると思います。


 先進国は、形は少しずつ違っても、差別に対した法律を策定しています。そういう風が世界から吹いてきて、最後にびゅんと吹いたのが、条約という風です。この風は素晴らしく、ハッキリと方向の決まった風で、日本はそのおかげで男女平等に向けて進みました。その具体的な成果がプロジェクトXにもあった男女雇用機会均等法です。ほかにもこの条約を批准するためにやらなければいけないことは幾つかありました。特にこの3つだけはやらないといけないと思ったのが、職場における男女差別をなくす法律、国籍法の改正、教育制度の中で男女同じカリキュラムにすること。国籍法に関しては父親の国籍のみを引き継ぐことができ、母親は関係ないとされていたので非常に不平等な法律でした。国際結婚で生まれた子供は、それまでは父親の国籍になり、父親が外国人の場合、日本の国籍は取れないシステム、法律でした。しかし、条約でいけないとあったから国籍法の改正をしました。教育面では家庭科は女子のみすればよい、という教育内容でした。しかし、これは役割分担と非常に結びついた考えで、男子は家庭のことはしなくてよい、女子だけ家庭のことをしなさいということなので女子にだけ教えていました。それは条約には違反しているので、同じカリキュラムで教育しなさいということになりました。

 そして、男女雇用機会均等法は、艱難辛苦の末、生まれました。「条約を批准すべし」という世界からの風のおかげで法改正がされ、今のような法律に変わったわけです。有名企業のトップでも「そんな法律を作るのは反対、男女差別はあって当然だ」という人が当時は沢山いたのです。立派な紳士がそういう考えでした。それを変えるための法律を作るなんて世の中がひっくり返るような大騒ぎ。それを実現させたのは世界からの風でした。


 それから国内です。酒田の町でそういう風を吹かせようというのが今日のテーマです。そのために1999年の男女共同参画社会基本法が役に立ちます。それを具体化した考えは、それぞれが個性に応じた生き方をすることです。固定的な性別役割分担に基づいた決め方は、個人の幸せになりません。色々な個性があるのだから、それを大切にすることでハッピーになっていいじゃないかというのが基本の考えです。それは条約から受け継いだアイディアです。それを受けて、酒田にもそれに基づいたいい風を起こして日本中に広げようじゃないかと思い、それを望んでおります。ご清聴ありがとうございました。